映画の中のさまざまな階段

品田雄吉

 映画のなかに出てきた階段、といった課題を出されて、さてどんな映画にどんなふうな形で階段が出てきたっけ、と考えてみると、いろいろな場面が脳裏に甦ってくるのだが、それが何という映画 だったか思い出せない。記憶力が衰えたか。そうかもしれない。が、それだけではあるまい。いちばんの問題は、階段が出てきても、それがとくに劇的効果をあげるために使われているのではなく、ただ何気なく出てきている場合は、記憶装置の爪に引っ掛からないということなのだ。
 最近見たフランス映画に「ジャック・ドゥミの少年期」というのがある。ジャック・ドゥミは、カトリーヌ・ドヌーヴが主演したミュージカル映画「シェルブールの雨傘」の監督としてよく知られているが、一九九〇年に亡くなった。「ジャック・ドゥミの少年期」は、女性映画監督で彼の妻でもあったアニエス・ヴァルダが、夫に迫りくる死を予期しつつ作った、夫の生い立ちを描いた作品で、ドゥミはその完成を待たずに生涯を終えた。
 少年時代、みんなからジャコと呼ばれていたジャック・ドゥミは、手回しの小型カメラを手に入れると、屋根裏部屋のようなところに閉じ籠もって、夢中になって一コマずつ撮影しながら人形アニメを作る。少年の聖域ともいえるその部屋は、二階にあるのだが、不思議なことに階段がない。で、ジャコ少年は家の表の壁にハシゴをかけて窓から部屋の中に入っていく。今までたくさんの映画を見てきたが、階段のない二階の部屋というのは初めて見たような気がする。

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 アメリカ映画「恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」 で、ジャズ・ピアニストの主人公がシアトルの下町のアパートで一人暮らしをしている。ときどき、窓の外に上の階から非常階段が下がってきて、上の部屋に住んでいる少女が遊びにやってくる。地上に接する部分が跳ね上げ式になっている非常階段は、アメリカ映画ではよく見られるものだ。階段のいちばん下が地面に接していないのは、外部からの闖入者を防ぐためであることはいうまでもないだろう。
 ミュージカル映画の名作「ウエスト・サイド物語」でも、庶民的な町のアパートの非常階段がうまく使われいたと記憶する。アメリカの都市生活で、非常階段は欠かすことのできない生活の風景になっている。
 アメリカ南部を舞台にした「風と共に去りぬ」のような作品では、コロニアルふうの大邸宅の豪華な階段を見ることができる。だいたい、一階は広い吹き抜けのホールになっていて、正面に階段がある。階段を上がると廊下が左右に伸びていて、吹き抜け側は手摺りがつ いている。その広々とした造りは、日本の家では考えられないような空間をつくり出している。
 それと同じような構造の二階が、西部劇の大きな酒場などでもよく出てくる。一階は吹き抜けの広い酒場、階段を上がると小部屋がずらりと並んでいて、その前の廊下の片側には手摺りがあって一階を見下ろせる。小部屋はホテルとして使われる場合もあり、酒場女が客を相手にする部屋であることもある。酒場につきものの喧嘩や乱闘では、二階の廊下の手摺りや階段の手摺りが折れたり外れたりして、人が落っこち、派手な見せ場を展開する。あれは、あらかじめ、手摺りに傷を入れたりして、折れたり外れたりしやすくしておくのだそうだ。
 階段の手摺りは、しばしば子供が滑り降りて遊んだりする。その手摺りに、昇降用の椅子がセットされているというのも見たことがある。足の弱った老人のためのものだ。
 現代のアメリカの普通の家は、おおよそ玄関を入るとすぐ二階への階段がある、という構造になっているようだ。家族旅行に一人だけおいてけぼりを食った少年が二人組の泥棒を相手に大活躍する 「ホーム・アローン」の家も、やはりそんな造りになっていた。たしか「ホーム・アローン」の家の階段は一直線に階上に向かっていたと思うが、途中に踊り場があって、U字型というか、くの字というか、とにかく折れ曲がって昇り降りする階段もよくお目にかかる。

 近未来の終末世界を描いたフランスのブラック・ユーモア映画「デリカテッセン」は、五階建てくらいのアパートを舞台にしていて、踊り場のある階段を昇り降りする描写がとても多かった。そしてまた、その階段は子供たちの遊び場にもなっていた。
 台湾映画「冬冬(トントン)の夏休み」では、階下は中国ふう、二階は日本ふうという家が出てきた。一階では中国式に靴を履いているが、二階に行くときは、階段のところで靴を脱ぐ。二階は板張りの廊下があり、部屋には畳が入っている。ひょっとすると、戦前は日本人が住んでいたのかもしれない。階段を上がってから靴を脱ぐのではなく、上がる前に脱ぐのは、階段が日本ふうの造りになっているということなのではないだろうか。「冬冬の夏休み」と同じ候考賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画では、「童年往事」や「悲情城市」でも日本ふうの家が出てくる。台湾では日本の生活様式が台湾の人たちにかなり消化吸収されて残っているようだ。
 シェークスピアの「ハムレット」などに見られるヨーロッパの古い城の石の階段、あるいは日本の時代劇に出てくる城のなかの木の階段や、横に引き出しを組み込んだ商家の階段などは、それぞれの歴史や生活文化の伝統を感じさせる。そのように、たったひとつの階段からでも、その陰に蓄積されたさまざまな文化や歴史を読むことができるのである。

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