ヨコモリ探訪録

~職人気質とフロンティア~1

広告だのPRだのといった仕事を長くやっていると、いろいろな職業や業種に出会います。例えばバイオテクノロジーを駆使して「世界のブロッコリーの80%は当社のタネ」なんて平気で言う会社を訪問したときは「へぇ~っ」と驚いたものですが、「階段専門メーカー」というのも、やはり驚きの一つ。まさかアルミサッシやエレベーターが建具屋さんの仕事だとまで思っていたわけではないが、階段というのは僕らにとって建物と完全に一体のもの。個人住宅なら大工さんがつくるのだから、ビルなら……? ああ、なんにも知らないんだよネ。で、その「階段屋」のヨコモリという会社がなにやら新しいことを始めたという。それを業界関係の人々に理解してもらうために、まず素人の目で見て、理解してもらいたい。そのうえで、これをどのように伝えたらいいかを考えてほしいとおっしゃる。ハイ、そうですか、と職業病的気安さで請けて、僕とイラストレーターの大介君、それにアートディレクターをはじめとする制作スタッフはヨコモリの本社・工場を尋ねて回ることになりました。

取材1日目/ヨコモリ本社→いわき
階段屋の本社にはエレベーターがあります。

渋谷区幡ヶ谷にあるヨコモリ本社3階。今回僕たちをいわき工場にご案内下さる次長のM氏と営業のA氏、システム開発を行っておられるK氏が迎えてくださる。当然のように我々はここまで階段を上ってきました。 「さすがに階段屋さんですね、エレベーターはないんでしょ?」と軽口をたたくと、「いえ、ございますよ。降りるときはご案内しますから」と真顔でお答えいただく。……まじめな気風の会社だな。それが第一印象。あらかじめお預かりした資料を読んで、僕もヨコモリのビジネスについての一応のイメージは持っていました。確かに”地上210m、地下も含めると230mを超えるという新宿三井ビルのほぼ完成された階段室に、屋上クレーンでつり上げた階段を一つずつ降ろして下から積み上げた”といった話はスゴイと思う。組立式のヨコモリ階段だからできたというのも納得できる。でも、正直にいえば、優美ならせん階段とか、東京オリンピックのときの聖火集火式聖火台とか、そっちのほうに興味はそそられます。「今日うかがういわき工場では、らせん階段なんかもつくってるんですか」とお尋ねすると、答えは、ノー。チョッピリ残念だけれど、しかたない。

今後、ヨコモリの営業マンには電源を貸してやって下さい

「今日、これから行くいわき工場は、ヨコモリの最新工場です」とM氏。「そこでは自動生産システムでササラ桁と2枚合板の踏板をつくっています。そのNCデータは、CADデータを基にしているんだけれど……、な、A君。ラップトップとの関係もご説明しておいたほうがいいだろう。CIMがテーマなんだから」。ムムム……。

と、いうことで、僕たちは営業課のある4階へ(もちろんエレベーターは使わずに)案内される。「本社2階にはCADルームがあって、そこでは受注した階段の設計図を基に階段の施工図をつくっているんですが、CADルームはいわきにもありますから……」と、説明もそこそこに、32ビットのラップトップを持ち出すA氏。「まだ完成したばかりのソフトなんで……」と、少しぎこちない手つきだったが、「ホラ、階段室の基本条件を数値として入力すると、自動的にどんな階段が可能かが画面に表示されるんです」と嬉しそう。後ろで見ていたK氏も同じように嬉しそうな表情をしていたので、ああ、二人はこのシステムの開発に相当深くかかわっていたんだな、と分かる。技術屋さんのこういうときの顔って、正直ですからね。でも、このソフトは素人目にもけっこう面白い。設計事務所やゼネコンさんでも、一度ヨコモリの営業を呼んで、デモしてもらう価値はあるんじゃないでしょうか。「電源さえ貸していただければ」と申しておりますから。それに、ラップトップ上の画面データをフロッピーに写し、それをCADシステムに読みとらせれば、意匠図・施工図が簡単に出力できるのだそうです。

ヨコモリ式『専守防衛』?ラップトップを使ってのCIM化の狙い

本社で思ったより時間をとられた僕たちは、M氏、A氏、K氏ともどもマイクロバスに乗り込むと、一路いわきへ。それにしても首都高って、いつでも込んでますね。いえ、下りはまだいいんです。箱崎を頭にした上りの渋滞、なんですか、アレ。途中に階段があったら、クルマ担いで降りたくなりますよネ……と、そうそう、階段だ。「ところで……」と僕、A氏に尋ねる。「さっき見せていただいたラップトップのソフト、なんて呼ぶんですか」「階段設計支援システムでいいんですよね、次長」「そう、あれができて階段CIMシステムが完成した。あとはこれをどう理解してもらい、稼働させていただけるかが課題なんです」「シムって、コンピューター・なんとか・マニュファクチャリング?」「Integratedです」。……イヤ、ちょっと恥じかいた。
「つまり」とM氏。「当社としては設計のCAD・CAM化と、そのCADデータを基にした製造のNC化をこの数年やってきたんですが、……NC、分かりますよね?」 「す、数値制御ですよネ」「そう。いまから行くいわき工場を見ていただくと分かりますが、ササラ桁にしても2枚合板の踏板にしても、また、児玉工場でつくっている手摺や柱梁にしても、CADデータを基にした自動生産システムが完成しているんです。これは要するに人手不足と品質管理対策。製造部門にしても設計部門にしても、今後は熟練した技術者の確保はさらに難しくなるだろうと予測されますから」「ところが」とM氏は続ける。「CAD化もNC化も、進めていくうちにさまざまな問題にぶつかった。ある程度、標準化したいという我々の意図とはうらはらに、当然設計者の図面は多種多様なわけです。そうこうするうちにCIMを効率よく運用するために、もっと早い段階で関われれば……、と思ったわけですよ」
そこでヨコモリが開発したのが例のラップトップ=階段設計支援システム。「設計計画の段階からヨコモリに協力させていただければ、そのデータを起点として自動生産システムにまで一直線につなぐことができるわけです」とM氏。つまりそれがヨコモリの階段CIMシステムらしいのです。

「そんなのヨコモリの勝手でしょ」「そう思われちゃうとツライんだよナ~」

都心環状線の混雑を抜けたマイクロバスは、やがて常磐自動車道に入り、快調に飛ばす。風景の中の自然の色も、時間の経過、距離の経過とともに濃くなってきた。あ、海も見える。人間、ときには街を離れることが必要なんだナと思う。都会での僕たちの日常って、考えてみたら(皮肉ではなく)閉鎖された階段室の中に閉じこもっているみたいなものかもしれない。もっとも超高層ビルの建設現場なんて、そりゃ、眺めはいいんでしょうけれどネ。「建築じゃぁ、設計変更っていうのも、よくあるんでしょ。
階段の位置が変わっちゃうとか」と僕は聞きかじりの知識で尋ねる。「位置もそうですが、狭くなっちゃうことが多いですね。やっぱり、ほかとのスペースの取り合いでね」と答えてくださったのはA氏。階段のための建物じゃないのだから、しかたがないのだという。「そういった変更にも、例のラップトップで対応できるんですか?」という僕の質問に、「むしろそういうことにはならないように、計画段階からこのシステムでスタートするんです」とA氏。「従来だったら設計が変わったら、そのあとが大変だった。すべてやり直しですからね。もう一度CADで図面起こして、承認をしていただいて……そんなことが繰り返されると、CADだ、NCだといったって、ちっとも効率よくならないじゃないか、ということになっちゃうんです」なるほど、ヨコモリにとって、このシステムはとても有効なものらしいのです。

「でも……」と、僕はここで意地悪な質問をすることにしました。「それって結局、ヨコモリの都合ですよね。スゴイことかもしれないけれど、お客様にとっては『勝手にやったら』ってことになりませんか」。PRって、ただの自慢話じゃ成り立たない。「そういうふうにとらえられる?そう言われちゃうとツライんだよナ~!」とA氏。と、ここで「そんなことはないですよ」と、わりと無口だったK氏が反論を開始しました。「お客様にとって一番大切なのは、思った通りの階段が、指定した日時にちゃんと搬入され、取り付けられることでしょ。だったら、価値、あるはずなんですよネ、このシステム」
K氏の論によれば、これからのヨコモリの営業はメモをする代わりに、その場でラップトップに数値を入力し、画面で階段室の様子をお見せしながら打ち合わせするようになるから、コミュニケーションミスが起きにくいし打ち合わせの時間も短縮され、設計事務所には意匠図を提供することができます。

さらに、そのあとのすべてがラップトップに入力された数値に基づいて進行するから承認も早く得られ、納期の遅れもなく、搬入される階段にも間違いがない。 そのうえ、特に変更が発生した場合には、それに伴う各種図面のアウトプットが素早くできるので、承認も早く得られるなど、納期の遅れも発生しにくくなるというのです。確かにいいことばかりなんですけど、どうでしょう。コレ、どこまでもヨコモリ側の言い分ですから、お立場、お立場でお確かめいただかないと……ね。