悪用厳禁 ”THE KAIDAN”

板子敏明

ルやマンションやデパート等の建物の上の階と下の階をつなぐ段。これが階段です。そして、どうも「あの世」と「この世」をつなぐ場所にも階段があるらしいのです。ヨーロッパでは螺旋階段を上っていくと天国へ行けるというイメージがあるそうですし、最近、話題になっている「臨死体験」をした人の話の中にも光り輝く螺旋階段(川とか花畑というのも多いですが……)を上ったというのがあります。では、地下へ続く階段はどんなイメージでしょう。地獄ですね。このように階段は知らぬ間に「この世」から「あの世」という別世界へ続いているわけで、そこに漂っているモノを幽霊と呼び、そこにいるモノの話を怪談と言います。階段→KAIDAN→怪談。不思議なモノ知りたさ・聞きたさにツイツイ誘われて、耳をダンボにして、心臓をドッキンドッキンさせて、人は怪談を楽しみます。常に視聴率20%を誇る『世にも奇妙な物語』やデビッド・リンチ監督のミステリアスなドラマ『ツインピークス』の例を出すまでもありません。そうです。「あの世」と「この世」をつなぐ場所にKAIDANあり。さしずめ気分は、聞けば「地獄」聞かせりゃ「極楽」。どうせ怪談するなら「極楽」側に回りたい。恋人との間にちょっと刺激が欲しいアナタ。怪談の達人になりたいアナタ。社員旅行の二次会ネタを増やしたいアナタ。そんなアナタに役に立つネタとテクニックを3つほどご紹介しましょう。

序章:怪談する前のいくつかの注意点
①演出に気を使う:多少寒いこと。静かであること。周囲を暗くすること。(怪談をする人はろうそくやライトで顔の部分めがけて下から照明をあてる)。音響効果もあれば、なおよろしい(ドアがギギギーッと開く音や水がポタリポタリと落ちる音を作っておくのも一興)。
②怪談の本題に入る前に心理的伏線を引く:落語でいうマクラです。悲惨な殺人事件の現場が近くであるとか。駅のトイレに入ったら鍵が開かなくて困った(紙がなくて困った、ではない)とか。とにかく、事件や体験が聞く人の身近な問題であればあるほど効果大です。
③語り口は静かに:声は低く、ゆっくりと、一言一言余韻を残すように。
④話す・聞く位置を考慮する:聞く場所も、話す場所も、男性(女性)はお目当ての女性(男性)のすぐそばに座って怪談すること。極楽はおおむね怪談終了時にやってきます。キャーッの掛け声とともに、女性が男性の胸にとびこんで来る(行ける)ハズですので…。

その壱
『最後のクライマックスを大声で飾る、心臓破りの怪談』
「あなたにもできる3分怪談話」の巻
何十年か前の話です。ここ(話している土地)に、目の不自由な按摩さんがいました。いつも夜になるとピーッ、ピーッと笛を吹きながら村を歩く按摩さんです。その日はお客さんが多くて、いつもより遅くなってしまいました。按摩さんはそろそろ今日は帰ろうかと思い、帰り道をまたピーッ、ピーッと鳴らしながら歩いていまし た。そして小さな川を渡ったところで、「按摩さん、遅いけどいいかな」とよびとめる男がいます。「はい、わかりました。でも遅いので少しだけ……」。そう言ってその男の家に行きました。按摩をしながら男はこう言いました。「2~3年前に按摩さんが殺されたんだってね。知ってるかい、その話」「えええ、背中をズブリと刺されて、川に投げこまれたと聞きます」「そうだってね。でも犯人はまだ見つかってねえって言うじゃねえか」「そうなんです」「きっと、もうわか らねえんだろうなあ」「いいえ。そんなことはありませんよ」「え?だれがやったのか、知っているのかい?」「ええ」「それは……だれだい」「それは……オマエだ!」

その弐
『嫉妬深い彼女との観賞の手引き:正調人情噺の長編で歌舞伎でも上演されている怪談』
「真説累ヶ淵」の巻
怪談噺の名人、三遊亭円朝。この人の代表作がこれ。古典落語の傑作ですから、もしこのネタをやっていたら(『ぴあ』ででも探して下さい)ぜひ聞いていただきたい。このネタに関しては、落語家のホンモノの技を聞くのが一番です。この長編に登場する「豊志賀」という女性の死をめぐる噺の前後は歌舞伎でも上演されていますので、こちらもぜひ観賞しましょう。あらすじは、こうです。主人公は大江戸の片隅でひとり暮らしをするキャリアウーマン豊志賀。とは言ってもエイズのキャリアではありませんヨ。 彼女は富本(歌)を教えて地道に暮らしていたのですが、ある時20歳も年下の新吉という男と恋仲になってしまいます。このことが世間の噂になり、たくさんいたお弟子さんも一人、二人と去ってゆき、残ったのは若くて器量のいい「お久」という娘。豊志賀はお久と新吉の仲を勘繰り、嫉妬します。嫉妬に狂ったせいか、豊志賀の顔には醜い腫れ物ができ、次第に体も弱り、最後には無惨な姿で死んでしまいます。実は、新吉は、豊志賀の父を殺した仇の子だったのです。そのことを知らずに恋に落ちた二人でしたが、因縁とは恐ろしいもので、その因縁がふたたび、死を呼んだわけです。アナタの身近な女性が嫉妬深かったら、そこには豊志賀の影が……。全編を寄席で聞いた後には、また格別の恐ろしさが身に染みるはずです。あの映画『危険な情事』の観賞後よりもゾッとすることができます。

その参
『落語家になったつもりで、ホッとするおちゃめな幽霊の怪談噺を』
「皿屋敷」の巻
家宝の皿を割って殺され、古井戸に投げ込まれた「お菊」が幽霊となって夜な夜な、一枚、二枚……と恨めしげに皿を数えるという有名な怪談噺。舞台は番町・旗本青山播磨の古屋敷。血気盛んな「播磨」を心配する伯母は縁談をすすめるが、一向に取り合わない。それというのも、播磨には互いに愛を誓い合った「お菊」という仲居の恋人がいるからでした。ところが、この縁談話を聞いた「お菊」は心中穏やかではいられなくなります。暇を出されるのでは?捨てられるのでは?と激しく動揺します。そしてひとつの掛けに出ます。「お菊」は家宝である十枚の皿のうちの一枚を割ってしまいました。皿が大事か?自分が大事か?播磨は皿を割ったことは、あっさりと許しました。がしかし、それが自分の愛をためだということを知ると激怒。残りの九枚を叩き割り、彼女を無惨に切り殺して古井戸に投げ込みます。そして「お菊」は夜な夜な古井戸から化けて出ては、一枚足りない皿の数を数えるのでした。播磨にはもう大切なものは何もない。残されたのは荒んだ日々だけ……。と、ここまでは芝居の話。

こからが落語のネタです。その古井戸か毎晩「お菊」の幽霊が出ると評判になる。物見高いは江戸の常。その幽霊を一目見たいと連日連夜見物人が押し寄せます。九枚まで数えるのを見た者は死ぬと言われているので、みんな七枚あたりまで数えるのを見ては、逃げ帰ります。でも、「お菊」の幽霊があまりにも美人なので人気を呼び、紋日ともなると大変な混雑。「一枚、二枚……五枚」。「お菊」が青白い妖艶な顔で皿を数え始めると『ヨッ、日本一』なんてー掛け声もかかります。「六枚、七枚……」『それっ、 逃げろ!』『わっ、バカ押すな』『だめだよ、押しちゃー』なんてみんなが慌てていると。「九枚……」『ワーッ』「十枚、十一枚……」『おいおい、九枚、超えたよ』『おやー、おかしいぞ』「十七枚、十八枚、おしまい」『やいやい、なんだって十八枚まで数えるんだ』「うるさいねっ。こっちにも都合ってもんがあるんだよ。明日はお休みするから、二日分数えたのさ」 ……おあとがよろしいよーで……(終)